
加藤太一郎
焼津信用金庫 理事長
分からないことは聞いて学ぶ。
知ったかぶりはいけません。
「最初の勤務地は静岡です。当然、カブに乗って外回りだと思っていたのですが、意外なことに融資窓口でした。とはいってもサポート役。なにしろ、伝票は切れないし財務諸表を見ても分からない。分からないことだらけで、なんでも聞いてまわっていました。でも、ある意味、運が良かったと思います。新入社員ですから、知らないことは恥ずかしいことではありませんからね。私が、普段から職員に話していることがあります。誰だって、最初は分からない。まずは聞いて学ぶこと。そして納得できるまで勉強すること。知ったかぶりが、一番危険です、と。私の入社時の体験談です。もう一つ、運が良かったなと思うことがあります。融資窓口にはさまざまな企業さんが訪れてきて、いろいろな経営者の考え方などを生の声で聞くことができたこと。入庫したてでそんな貴重な体験をすることは、そうはないですから」。
入庫したその日から簿記の必要性を痛感した。そこで同期入社で商業高校卒業の女性から商業簿記3級の教科書を借り、電車の通勤時間を利用して勉強。理解が進むにつれ、金庫の仕組みはもちろんのこと、持ち込まれる決算書も読めるようになっていく。当時、簿記の資格取得は義務ではなかったが、試験を受け日商簿記3級を取得した。
どの部門に就いても楽しかった。
運が良かったんですね。
「27歳の時に監査、当時の検査という部門に異動になったのですが、最初は、どうして自分が?と、驚きました。内部監査のような仕事は、通常ならベテランの方が就くものですからね。ただ、これも今考えると、後々の役にたちました。というのも、仕事柄、すべての店舗をまわるわけです。当金庫に限らず、どこの金融機関でも立地や客層などの要因により、支店の雰囲気は違うものです。例えでいうなら、静岡では裃を着たパリッとした感じが必要ですが、焼津でそうすると”何を格好つけて“と、なるわけです。本来なら、全支店を異動しなければ分からないことですが、2年間で多少なりとも全体と個々の支店の特徴というものが理解できた。やっぱり、運が良かったんですね」。
40歳を過ぎた頃、総務の課長、副部長を計6年も勤めている。この時のことを振り返っての一言が、「裏方の仕事ができて、大変勉強になった」である。理事長からすれば、どこでどのように働いていても、いつも「運が良かった」であり「楽しかった」となる。前向きに捉え歩み続ければ、いつかは高みに昇っていくということだろう。
一所懸命に耕し種を蒔くことこそ、
私たちの仕事の基本だと思います。
「一口に金融機関といっても、銀行や証券会社、そして私どものような信用金庫など、さまざまです。さらに、全国展開されているところもありますし、特定のエリア内で展開しているところもあり、実にバラエティに富んでいます。当然、どのように成果を得ていくのかも異なるでしょう。比較として例にあげられるのが狩猟民族と農耕民族です。この例えでいえば、信用金庫は典型的な農耕タイプの金融機関だと考えています。ですから、今、目の前のものを収穫できればそれでいいという考え方ではいけない。焼き畑農業をやってしまったら、あとが続かなくなってしまいます」。
農耕民族は、その土地を大切に思い、けして離れることなく、コツコツと耕して将来の実りを育てていく。確かに信用金庫のスタイルと同じである。「だから、ある職員が、ある支店で一所懸命耕したからといって、その本人が成果を手にできないこともあります。でも、その汗が次に続く人の実りとなる。そして、また後続のために耕す。それが私たちの仕事です」。この一言も、今までの自分の総括としての言葉なのだと思う。
略歴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
加藤 太一郎
(かとう たいちろう)
昭和22年生まれ。
昭和44年3月、立教大学法学部卒業。
同4月、焼津信用金庫入庫。
平成4年4月、総務部副部長。
平成7年4月、藤枝上支店長。
平成9年4月、静岡支店長
。平成11年4月、藤枝駅支店長。
平成14年4月、審査部長、同年6月、常勤理事就任。
平成19年6月、常務理事就任。
平成21年6月、理事長就任。